ミスインターナショナ2012 カナダ代表 このシーサーは沖縄シーサー作りの第一人者「島常賀」氏(1903~1994年)の作品です。
平成3年2月、「レストランジョーガー」のオープンに伴い、特注したオンリーワンの特大シーサーなのです。
シーサーは魔除けや守り神として沖縄の文化に深く浸透しています。
実はこのシーサーは平成16年に起きた火災から石垣島ショッピングプラザを守ってくれた恩人?いや、恩神なのです。
そのときの煤が当時の出来事を物語っています。
平成16年7月11日に休憩室より火災が発生。予約用のコンピューターや予約台帳などが、火災で焼失したものの、2階レストランジョーガーは火災から免れました。その時、2階にはこのシーサーが堂々と炎に立ち向かい、体を張って災害から守ってくれたのです。
ここで、守り神、特大シーサーを手掛けた島常賀氏にクローズアップしてみましょう。
島常賀氏の作品は沖縄県議会棟横、竹富島喜宝院蒐集館などにも多く見られます。そんな、シーサー作りの名人、島氏と山内社長の出会いは、
平成3年6月。島ご夫妻を招待したことがはじまりでした。島常賀氏の米寿(88歳)を祝う旅行でしたが、もう1つの目的は島氏が終戦直後に作ったシーサーが竹富島喜宝院蒐集館の屋根にあることを、島氏自らが確かめることでした。
平成3年6月28~29日に石垣島へ来島された島ご夫妻を、川平湾などの名所へご案内し、夜はここ「レストランジョーガー」にて歓迎の宴を開催。
その時に、島ご夫妻の来島記念として、特注で依頼したのが、ここにどっしりと構えた特大シーサーなのです。
翌日は竹富島に渡り、目的の喜宝院蒐集館にて屋根に輝いている終戦直後のシーサーを、島氏本人も確認しています。竹富島の旅は
写真家 大塚勝久氏の同行により島常賀氏の溢れんばかりの笑顔が、今も写真に残されています。
島氏は戦後、シーサーなどを作っては占領軍の米軍と物々交換をしていた時代もあり、そんな時も「より沖縄らしいもの」に拘って作ったといいます。
島氏は喜宝院蒐集館にて屋根の上に置かれたシーサーを目にし、当時の記憶を思い出したことでしょう。
このシーサーを今一度、見て下さい! 重量感のある独特なデザインにはシーサー本来の威厳とどこかユーモラスで優しさが感じられます。
島常賀氏の作品には力強い生命の輝きが溢れています。
そして、もうお気付きかと思いますが「レストランジョーガー」の名前の由来はそうです!島常賀氏から来ています。♪

石垣島ショッピングプラザ「レストランジョーガー」に佇むシーサーは島常賀氏との出会いから生まれた 一言では語りきれない物語と想い入れがあるのです。♪
山田浩子
島常賀ミニギャラリー
島常賀のシーサー物語木版